【12歳年下彼との再婚物語②】32歳バツイチ無職。すべてを失って見つけた「本当の自信」

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前回の記事では、29歳で「相手の条件」にしがみついて選んだ結婚が、いかに苦しい結末を迎えたかをお話ししました。

「お前なんかが、1人で生きていけるのか」

元夫からのそんな冷たい言葉を背に、私はようやく自分を縛っていた見栄や息苦しさから解放されました。 「よし、これからは自分の足で、しっかりと前を向いて生きていこう!」 心機一転、関西で一人暮らしをしながら派遣の仕事を頑張ろうと決意した矢先のことです。運命は、私にさらなる試練を与えました。

正社員になれるはずだった派遣のお仕事を、突然解雇されてしまったのです。

何もなくなったからこそ決まった「一生の覚悟」

初めての一人暮らしを楽しもうと思っていたた矢先に、1ヶ月の休業補償をもらい、私はあっけなく会社を去ることになりました。

32歳。バツイチ。そして、無職・・・

家庭という居場所を失い、さらに仕事という社会との繋がりまで失ってしまったのです。それから1ヶ月ほどは一人暮らしの部屋で悔しくて涙しながらもぼんやりと過ごしていました。でも、一人きりで過ごしているうちに不思議なことに、私の心はどこか澄み切っていきました。

「もう、誰かに寄りかかって生きるのはやめよう。私は一生、独身で生きていくんだ」

すべてを失ったこの瞬間、私の中で「一人で生きていく」という強い覚悟が決まったのです。 時間だけはたくさんあったので、数ヶ月暮らせるだけの貯金を頼りに、私は「一生続けられる仕事は何か」を真剣に考え始めました。 占いやカラーセラピーなど、昔から興味があったことも思い浮かびましたが、その当時の私は、仕事として自立できるかというと少し不安を感じたのです。

そんな時、ふと思い出した光景がありました。 それは学生時代、結婚式場で花嫁さんのアテンドをする裏方のアルバイトをしていた時のこと。幸せいっぱいの空間で、誰かの最高の笑顔を共有できるあの感覚が、ずっと心の奥に残っていたのです。

「やっぱり、結婚にまつわるお仕事がしたい」

お恥ずかしながら若い頃は「土日休みがいい」「大変な仕事は避けたい」と逃げていた道でした。でも、一生の覚悟が決まった今の私ならできる。女性が対等に、自立して長く働ける場所として、私は「ウェディングプランナー」を目指すことに決めたのです。

30代・未経験の壁。それでも諦めなかった理由

とはいえ、ウェディングプランナーは、優秀な大学生がたくさん志望するようなとても人気の職業です。32歳という年齢で、しかもまったくの未経験。中途採用で雇ってくれるところなんて、そう簡単に見つかるはずがありませんよね。

そこで私は、派遣の期間限定の仕事をしながら、半年間ウェディングプランナー養成の専門学校に通うことにしました。 周りはピカピカの大学生ばかり。その中に混ざって学ぶのは少し勇気がいりましたが、同じように社会人から挑戦する仲間もいて、お互いに励まし合いながら無事に卒業することができました。

いざ就職活動がスタートし、大好きな関西のホテルを中心に5件ほど履歴書を送りました。 でも、現実は甘くありません。結果はすべて書類落ち。 「やっぱり、この年齢から新しい挑戦なんて無理だったのかな……」と諦めかけた時、1社だけ、地元の名古屋の会社から「面接に来てください」と連絡をもらい、そこでの正社員が決まったのです。

本当は気に入った関西で生きていくと決めていたけれど、これが私に与えられたチャンスなのだと受け入れ、採用を決めてくれたその会社で働くために名古屋・実家へ帰ることにしました。

5月に入社した私を待っていたのは、4月に一足早く入社していた一回りも年下の大学生たちでした。彼女たちが私の「先輩」として仕事を教えてくれる環境からのスタートは、想像以上に大変な毎日でした。

自分の力で掴み取った「自己効力感」という名の自信

ウェディングプランナーの仕事は、華やかなプランニングだけでなく、式場を探しに来たお客様に「ここで結婚式を挙げたい」と決めていただく営業のような役割も大きく占めていました。

最初の1年は、なかなか契約という結果が出ず、本当に苦労しました。 でも、「人の2倍頑張ろう」と決めていた私は、決して投げ出しませんでした。お客様に真摯に向き合い続けるうちに、半年から1年が経つ頃にはコンスタントに契約をいただけるようになっていったのです。

「あなただから、この式場に決めました」

お客様からのその言葉は、何よりの宝物でした。 私の提案や、私という人間そのものを気に入って選んでもらえる。その積み重ねが評価され、成約件数で表彰されたり、マネージャーのようなポジションに昇給したりと、目に見える結果として返ってくるようになりました。

思い返せば、私は高校を卒業してからの自分の学歴にずっとコンプレックスを持っていました。「自分は能力が低い」と思い込んでいたからこそ、最初の結婚では、前の夫の学歴やステータスで「自分の価値」を底上げしようとしていたのです。

でも、本当の自信は、誰かの条件を借りて得られるものではありませんでした。 「自分がやりたいと決めた道で、自分の力で結果を出せた」という事実が、私に確かな自信を与えてくれました。それは単なる自己肯定感というよりも、「私には自分の人生を切り拓く力があるんだ」という『自己効力感』だったのだと思います。

誰の目も気にしない、私らしい人生の幕開け

離婚を決断するとき、その理由については母親だけには相談していました。セックスレスだなんて少し恥ずかしい理由だったけれど、両親は一切反対することなく、快く私の決断を応援してくれました。
ただ、いざ実家に戻るとなると、今度は両親のほうが「近所の人から『出戻り』だと後ろ指を指されるんじゃないか」と心配していたんですよね。
でも実際には、ご近所を見渡せばバツイチの人なんてたくさんいて、誰も私のことなんて気にしていなかったのです。

見栄を張り、誰かと比べて、勝手に息苦しくなっていたのは私自身だったのですね。

ステータスという鎧を脱ぎ捨て、自分の足でしっかりと立ち上がった私。 仕事に夢中になり、信頼できる仲間に囲まれ、毎日が充実していました。 「一生独身でも、私は私らしく生きていける」 そう心から思えるようになった時、私はついに「彼」と出会うことになります。

次回は、いよいよ12歳年下の彼との出会いについてお話ししますね。 フラットな心で出会った彼が、私に教えてくれた「本物の愛」とは何だったのか。どうぞ楽しみにしていてください。

【12歳年下彼との再婚物語③】出会いは突然に。12歳年下の彼が教えてくれた「本物の愛」 へ続きます。


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