かわいそうな私を卒業するという選択

自己肯定感

傷つくのが怖くて、向き合えなかった

私のもとに相談に来るクライアントさんの中には、
「離婚したい」とパートナーから告げられたにも関わらず、
その現実に向き合うことができないまま、
何年も立ち止まってしまっている方もいます。

相手が家を出ていき、会話もなくなり、
日々はひたすら子育てと仕事に追われて過ぎていく。
けれど心の奥には、ずっと重く、暗い感情が沈んでいて、
本当は何も終わっていないし、何も始まっていない。

「もう関わりたくない」
「このまま何も言われなければ、それでいい」
「とにかく毎日をこなすことで精一杯」

そうやって、どうしても“見ないふり”を選んでしまう気持ち。
私はそれを否定しません。

誰だって、これ以上傷つきたくない。
もうこれ以上、自分が悪者にされたり、責められたりしたくない。
だからこそ、何も言わず、動かず、その場にとどまる選択をすることもある。
それは、心の防衛反応として自然なことだから。

でも、そこで時間が止まってしまっている人は多いのです。


「悲劇のヒロイン」という、もう一つの居場所

人はつらい状況にいるとき、「どうにかしたい」と言いながら、
実はそのつらさの中に“居場所”を見つけてしまうことがあります。

「私は悪くない。悪いのは相手。」
「こんなにひどい目にあってるんだから、私はかわいそうな人。」
「私ばかりが頑張っているのに、誰もわかってくれない。」

こうした感情に支配されていると、
それがある意味、自分を守る“正しさ”になっていきます。

そしていつのまか、その“正しさ”を手放せなくなってしまう・・・

だって、そこにいれば、自分が変わらなくてもいいから。
責任を取らなくてもいいし、誰かのせいにしていれば、自分は守られる。

それは決して「甘え」ではありません。
それだけ、心がギリギリだったということ。
動けなかったのは、自分を守るためだったということ。

でも、その居場所に長くいすぎると、
やがて「動く力」そのものを失ってしまうんですよね。


本当に望んでいる未来は、どこにある?

「私はどうなりたいの?」
「このまま、誰かに支配された人生を生きていたいの?」

そんな問いを立ててみると、
答えはすでに、あなたの中にあるはずです。

誰かのせいにして、そこにとどまっている限り、
人生のハンドルは、他人に握られたままになります。

今のあなたに必要なのは、
「何が正しいか」ではなく、
「私はどうしたいのか」という軸を見つけること。

たとえまだ答えが見えなくても、
まずはそこに向き合おうとする姿勢が、
未来を変える大きな一歩になっていくのです。


「主人公」に戻るという決意

悲劇のヒロインの物語は、たしかに涙を誘います。
でも、そのまま物語を終わらせたくないのなら、
あなた自身が、自分の人生の主人公として立ち上がるしかありません。

主人公は、誰かのせいで生きるのではなく、
「私はこう生きる」と自分で選び取っていく人。

完璧じゃなくていい。
まだ怖くてもいい。
でも、自分の意思で一歩踏み出すことは、
きっと今までとは違う風を、人生に運んでくれます。

私はこれまで、多くの女性たちが
“悲劇のヒロイン役”から抜け出していく姿を見てきました。

「どうせ私なんて」から、
「私にはもっとふさわしい未来がある」に変わっていくとき、
その人の顔つきも、言葉も、生き方も変わっていきます。


もう、「かわいそうな私」で終わらなくていい

もちろん今回の記事は、特定の誰かを責めるためのものではありません。
「もう一度、自分に立ち返ってほしい」
「本当に望む未来を思い出してほしい」
そんな願いを込めて、綴りました。

もしあなたが今、
誰かとの関係に疲れ、自分を責めることに疲れているなら、
その苦しみは、あなたの魂が「もう変わる時だよ」と伝えているサインかもしれません。

怖くても大丈夫。
あなたの中には、人生を変えていける力がちゃんとある。
それは、誰かに与えてもらうものじゃない。
あなたが、自分で思い出すものだから。

人生の主導権を、誰かに渡したままでいないで。
そろそろ、あなた自身の手に取り戻してもいい頃なんですよ。

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