最近、垣谷美雨さんの小説『墓じまいラプソディ』を読みました。
“墓じまい”というテーマを、ユーモアとあたたかさをもって描いた物語で、読みながら何度も「自分ごと」として考えさせられました。
物語の中で描かれるのは、「夫婦で別々の墓に入りたい」という想いや、「子どもに墓の管理を押しつけるのか」といった現代的な悩み。
まさに今の日本社会が直面しているリアルな問題を、やさしく包み込むように伝えてくれます。
この記事では、『墓じまいラプソディ』をきっかけに考えた、「夫婦別の墓」や「墓じまい」についての情報を、わかりやすく整理してみました。
これからの供養の形を考えるヒントになれば幸いです。
夫婦で別の墓に入るってどうなの?
昔ながらの「家墓」文化
日本では昔から「家単位」でお墓を持つのが一般的でした。
長男が家を継ぎ、祖先の墓を守り、自分たちもその墓に入るという流れが定着していたのです。
この「家墓」は、先祖代々が一つの場所に眠るという意味で家族の絆を象徴していました。
しかし、近年では核家族化や結婚の多様化により、「夫婦別々の墓に入りたい」という人も増えています。
離婚経験者だけでなく、生前に話し合って別の墓を選ぶケースも。
特に女性の間で「夫の家に入るのがイヤ」「自分の実家と一緒に眠りたい」という声も多くなってきました。
このように、墓に対する価値観が大きく変化しているのです。
「家のしきたりだから」と無理に合わせる時代ではなくなってきています。
変わりゆく家族のカタチ
今の日本では、未婚率の上昇や再婚の増加、高齢者の単身世帯も多くなってきました。
このような家族の変化に伴い、「夫婦で同じ墓に入る」という常識が少しずつ崩れつつあります。
たとえば、再婚した人にとっては、前の配偶者と同じ墓に入りたくないと考えるのは自然なこと。
また、血縁関係のない義理の家族と同じ墓に入ることに抵抗を感じる人もいます。
最近では、「友人同士で墓をつくる」「宗教にとらわれない墓を選ぶ」といった新しいスタイルも登場。
墓のあり方は、もはや固定されたものではなく、個人の価値観に合わせて自由に選べる時代になってきました。
墓に対する価値観の変化
現代人の墓に対する考え方は、「先祖供養のため」から「自分らしい最期を迎えるため」へとシフトしています。
その背景には、終活の普及や宗教観の変化、さらには経済的負担の問題などが関係しています。
例えば、「子どもに墓のことで迷惑をかけたくない」という理由から、自ら墓じまいを決意する人もいます。
また、生涯独身を貫く人や子どものいない夫婦にとって、従来の「家墓」は意味をなさない場合も。
結果として、夫婦で別々の墓を選ぶのも、もはや珍しいことではなくなってきました。
「どう生きたいか」だけでなく、「どう死にたいか」「どう弔われたいか」を考えることが大切になってきています。
墓じまいって何?どんなときに必要?
墓じまいの意味と背景
「墓じまい」とは、お墓を撤去して、遺骨を別の場所に移す(改葬する)ことを言います。
その背景には、少子高齢化や都市部への人口集中といった社会の変化があります。
昔は、子どもや孫が代々墓を守るのが当たり前でしたが、今はそうとは限りません。
実家から離れて暮らす人が多くなり、「お墓参りに行けない」「誰も墓を継がない」という問題が増えているのです。
こうした事情から、「誰も管理できないお墓なら、いっそ片付けよう」と考える人が増加。
墓じまいは、現代における新しい供養の選択肢として注目されています。
墓じまいが必要になる理由
墓じまいを決断する理由はさまざまです。
代表的なのは、墓の管理者がいなくなる、遠方で通えない、高額な管理費がかかるといったものです。
特に地方の古い墓では、山奥や田舎にあることが多く、アクセスが不便なこともしばしば。
お盆や命日に毎年通うのは大変ですし、高齢になるとそれも難しくなります。
また、管理費やお布施の支払いが負担になってきたという声も。
そうした理由から、「将来のために今、墓を整理しておこう」と考える人が増えています。
「自分の代で終わらせたい」と思うのは、ごく自然な気持ちです。
墓じまいの増加と社会的影響
最近では、新聞やテレビでも「墓じまい」が話題になるほど注目されています。
寺院や霊園も、墓じまいを見越した新しいサービスを展開し始めています。
一方で、墓じまいには「家の伝統を終わらせることへの罪悪感」や「親族との意見の違い」などの問題もあります。
親戚が「勝手に墓を処分するな」と反対するケースも珍しくありません。
こうした背景から、墓じまいには慎重な判断と丁寧な手続きが求められます。
個人の意思だけでなく、家族全体の合意が重要になるのです。
それでも、「誰にも迷惑をかけず、きちんと弔われたい」という思いは、多くの人に共通する願いです。
墓じまいの手順と注意点
実際にかかる費用と期間
墓じまいには、思っている以上にお金と時間がかかります。
一般的に必要な費用は20万円から100万円程度。
内容によって大きく変わりますが、主な費用には墓石の撤去費、改葬先までの運搬費、新たな納骨先の使用料などがあります。
また、手続きにも時間が必要です。
市区町村への改葬許可申請、寺院や霊園との相談、親族への説明など、順を追って進める必要があります。
書類の準備に時間がかかることもあるので、スケジュールには余裕を持って取り組むことが大切です。
「思い立ったらすぐできる」と思わず、半年〜1年くらいは見ておくと安心です。
事前に見積もりを取り、どのくらいの費用がかかるか確認するのが成功のカギです。
トラブルを防ぐために必要な準備
墓じまいでは、親族との意見の食い違いや、手続きミスによるトラブルが起きやすいです。
まず大切なのは、関係者全員としっかり話し合うこと。
勝手に進めると、「聞いていない」「勝手に処分された」と反感を買うことがあります。
次に大事なのが、手続きの正確さ。
改葬許可証を取得するには、埋葬先の市区町村から「受入証明書」をもらい、今の墓地から「埋葬証明書」をもらう必要があります。
これらの書類がそろわないと、遺骨の移動が認められません。
また、寺院とのやり取りも重要です。
「離檀料」と呼ばれる費用を請求されることもあるため、事前に確認と相談をしておきましょう。
一つひとつ丁寧に確認していくことが、円満な墓じまいへの第一歩です。
改葬先の選び方と種類
墓じまいのあとは、遺骨をどこに納めるかを考える必要があります。
選択肢としては、以下のような方法があります:
- 合同墓(永代供養墓):複数人で共用する形式。費用が安く、管理不要。
- 樹木葬:自然の中に埋葬し、墓石を使わないスタイル。
- 納骨堂:室内にロッカー形式で骨壺を安置する場所。都市部で人気。
- 海洋散骨:海に遺骨をまく方法。宗教色がなく、自然と一体になるイメージ。
どの形式にもメリット・デメリットがあります。
たとえば、合同墓は費用が安くて管理不要ですが、お参りの際に個人の名前が目立たないこともあります。
一方で、納骨堂は立地が良くアクセスが便利ですが、期間が決まっているところもあります。
大切なのは、故人の意志や家族の考えに合った場所を選ぶこと。
焦らず、見学したり情報を集めたりしながら、じっくり選びましょう。
おすすめの墓じまい本『墓じまいラプソディ』
垣谷美雨さんの小説『墓じまいラプソディ』は、ただの終活本ではありません。
物語を通して、「家族」「生き方」「死に方」をユーモラスかつ深く描いた作品です。
主人公は、両親の墓をどうするか悩む中年女性。
親族との衝突、思い出との葛藤、そして墓じまいを通して見えてくる人生観の変化が丁寧に描かれています。
笑って泣ける展開の中に、「終活って大事かも」と自然に感じられるヒントが詰まっています。
重たくなりがちなテーマを、温かい視点で見つめる本作は、墓じまいを考えるすべての人に読んでほしい1冊。
読み終えたあと、不思議と前向きな気持ちになれるのが魅力です。
これからの時代の供養のかたち
樹木葬や海洋散骨の選択肢
現代では、墓石にこだわらない新しい供養の方法が増えています。
特に人気なのが「樹木葬」と「海洋散骨」です。
樹木葬は、墓石の代わりに木や花を墓標とする自然葬の一種。
森や公園のような場所に遺骨を埋め、自然に還るという考え方に共感する人が多いです。
費用も比較的安く、管理も不要なため、若い世代にも選ばれています。
一方、海洋散骨は、遺骨を粉末にして海にまく供養方法。
宗教にとらわれないスタイルで、自然との一体感を求める人に人気です。
どちらも、個人の自由を尊重した新しい弔いのかたちとして注目されています。
「無縁仏」にならないために
墓じまいをしないまま墓の管理がされなくなると、「無縁仏」になる可能性があります。
無縁仏とは、管理されなくなった墓や遺骨が寺院や霊園によってまとめて供養される状態のことです。
無縁仏になると、墓石が撤去され、個別の供養はされなくなります。
故人の意思に反した扱いをされることもあるため、放置は避けたいところです。
だからこそ、墓の将来について家族で早めに話し合うことが大切。
「誰がどうやって供養するのか」「管理は誰がするのか」といったことを明確にしておくことで、無縁仏を防ぐことができます。
責任感というよりも、「思いやり」として考えるのが現代的な考え方です。
大切なのは“残される人”の想い
どんな供養の形を選ぶにしても、一番大事なのは「残される人の気持ち」です。
立派なお墓を建てても、誰も訪れなければ意味がありません。
逆に、小さなお墓でも、思いがこもっていればそれが一番の供養になります。
最近では、生前に自分の希望をエンディングノートに書き残す人も増えています。
それによって、遺族は「これでよかったんだ」と安心して送り出すことができます。
供養とは、形ではなく気持ち。
そして、その気持ちをどう残すかが、これからの時代に求められているのです。
墓じまいや終活を考えることは、実は家族へのやさしさそのものなのかもしれません。
あなたらしい供養のかたちを見つけよう
『墓じまいラプソディ』を読んで強く感じたのは、供養やお墓は「誰かのため」にあるようでいて、実は「生きている自分のため」でもあるということです。
私たちは、人生の終わり方だけでなく、「どう弔われたいか」も、自分の価値観で選べる時代に生きています。
夫婦で別の墓に入ることも、墓じまいをすることも、どれも間違いではありません。
大切なのは、残される人が困らないように、そして自分が納得して旅立てるように、今から考えておくこと。
このブログが、その第一歩となるヒントになれば嬉しいです。
そして、ぜひ『墓じまいラプソディ』を手に取って、物語を通して「家族のかたち」「供養のかたち」を考える時間を持ってみてください。


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