「許し」は弱さではなく、つながりの強さである
誰かを許すという行為は、単なる感情のコントロールではありません。それは、相手と自分との関係を見つめ直し、より深い信頼や理解へとつなげる行為です。
「許す=甘やかす」みたいに捉えられがちだけど、実際にはむしろ精神的な強さと自己理解が求められるもの。
アメリカ心理学会によると、「許すこと」によってストレスが軽減され、心臓疾患のリスクも下がるとされています。また、うつ症状が平均で32%改善されたというデータもあります。
つまり実は、許すことは相手のためであると同時に、自分自身の癒しにもなっているんですね。
だからこそ、許しは弱さではなく、人と深くつながるための力強い一歩なのだと思います。
一通の手紙が生んだ、想像を超える関係性
最近読んだ短編小説に、兄を殺した少年と、被害者の姉が手紙でやり取りを続ける物語がありました。最初は怒りと憎しみしかなかったものの、やり取りを重ねるうちに、互いの心の奥を見せ合うようになります。やがて彼女は少年を許し、身内として迎え入れる決断をします。
犯罪という極端な事例ではありますが、この物語は「許し」がもたらす心の変化と、人と人の間に生まれる新たな絆の可能性を教えてくれます。
許された人も、許した人も、もう以前の自分たちには戻れない。けれど、その新しい関係の中でしか見えない景色があるのです。
夫婦関係の安定は、日常的な“許し合い”から生まれる
私たち夫婦が長年うまくやってこられたのは、たぶん「最初からお互いに相手を許している」状態があったからだと思います。
スマートじゃなくても、失敗しても、酔っぱらって全裸になっても(笑)、その全部を受け入れ、受け入れられる関係性。これは特別なことではなく、「相手に完璧を求めない」「自分の期待を押し付けない」日々の積み重ねから生まれるもの・・・。
小さな許しの連続が、やがて大きな信頼と安心感になっていく。それが、夫婦という長い時間を共にする関係性には欠かせないんじゃないかな。
誰かを許すことは、自分自身を癒すこと
許すことは、決して「相手を正当化する」ことではありません。それは、自分の中にある痛みや怒りを整理し、そこから自由になるためのただのプロセスにすぎません。
心理学の研究でも、誰かを許した人は、自尊心が高まり、幸福度も長期的に向上すると報告されています。また、「許し」の文化がある家庭や職場では、ストレスが40%も低くなるというデータもあります。
つまり、誰かを許すことは、相手に対する贈り物であると同時に、自分への癒しでもあるんですね。
許す・許されることで見える、新しい世界のかたち
「許すこと」と「許されること」は、どちらも人間関係のなかで深い意味を持ちます。どちらか一方だけでは成立しない、双方向のやり取り。その中で初めて、人と人の本当のつながりが見えてくるのかもしれません。
そして、ここでひとつ問いかけたいのです。
あなたには、今も許せない誰かがいますか?
もちろん、無理に許す必要はありません。怒りや悲しみを無理やり手放そうとすること自体が、逆に心を痛めることもあるからです。でも、少し視点を変えてみると、そこに新しい気づきがあるかもしれません。
たとえば、許さないことで保たれている「自分の正しさ」や「被害者でいることの安心感」。それらは一時的にあなたを守ってくれるけれど、同時に、あなた自身の可能性や自由を縛っていることもあるのではないでしょうか。
「絶対に許さない」と心に決めることは、過去に自分を縛りつけることでもあります。逆に、「許せるかもしれない」と考えることは、未来に向かって自分の感情を解放していくこと・・・
許すという行為は、相手のためではなく、自分が軽くなるための選択。
この記事を読むことで、許すことで得られる未来も考えるきっかけになったら嬉しいです。


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